月間アクティブユーザーが500万人を突破
ソーシャルメディアは、Twitterに始まって、Facebookと日本でも市民権を得ているようだ。そして、ユーザーの生活のなかでは、Facebookなどにログインする時が安らぎの時間でもあるようだ。Facebook本来の過去の友達とつながるソーシャルネットワークサービス(SNS)の目的より未来の友達を作るソーシャルメディアのように日本では利用されている。しかし、過去の友達とネット上で再会する楽しみは、Google+などでは味わえない8億人ユーザーがあるサービスだから出来る事かもしれない。8億人のうちの5億人が実際に利用したということだが、日本では、月間アクティブユーザーが500万人を突破したそうだ。
仕事関係以外に地元の人と知り合える
なによりこれらのサービスが優れているところは、TwitterもFacebookも世界を結んでいるということだ。これからのユーザーは、もっと世界に目を向けて欲しいとも私は思っている。もちろん、Facebookの機能で優れているアルゴリズによる友達の紹介は、出身地、出身校、居住地、友達関係から選択される。つまり、長野県松本市で居住している私は、当然松本市内の友達が増える。もちろん、悪いことではない。仕事関係以外に地元の人と知り合えることない私にとっては、地元ユーザーとの関係が構築できたり、情報を得ることができる。しかし、もっと多くの地域、多くの国民とも友達関係を気づきたいものだ。
日々の生活が楽しくなる!
1日中、Facebookを利用しているわけではないが、外出先からiPhoneなどのスマフォで、Facebookに画像とともにコメントをポストしたり、帰宅後の一息ついた所でのFacebookへのログインは、生活に潤いさえ感じさせる。いつも友達との挨拶や誰からのシェアされた情報を読むひと時は、自分の今までの生活領域を超える。だから楽しい。しかし、ソーシャルメディアは、愚痴や後ろ向きなポストは好まれない。前向きな挨拶やポストが好まれる。だが、いい時ばかりではない。生活なかで、多くの問題にブチ当たって、前を向きたくない時もある。
Facebookと向き合うと
ソーシャルネットワークは、社会の一部なのである。そして、そこはネット上の社交場にすぎない。私の勤め先も表示さている。私が何かに怒りをもってポストしてら、それは、私の仕事の取引先にも社内にもその怒りを撒き散らすことになる。つまり、悲しい事があっても、やりきれない思いをしても社交場でそれを表現することはできない。つまり、本当のことをすべて語ることはできない。そんな時は、2ちゃんねるで愚痴るしかないのだが、それすら虚しい。つまり、Facebookと向き合うということは、一日のある時間だけネット上の社交場に顔を出すということになる。ただ、多くの友達のポストを見ていれば、望ましくない人もリスペクト出来る人も見えてくるもの事実だ。











































